幸福度100の日
28歳。結婚した。
彼女とは新卒で上場企業に入った時の同期だった。営業系の同期2人のうち、もう1人が彼女。22歳から、何度も別れたり付き合ったりを繰り返して、出会ってから6年で結婚した。
「やっぱり戻ってくるよね」って笑って言われた。否定できなかった。
最初の本気のデートは新宿の安い居酒屋。俺が自分の人生を話したら、彼女は泣いた。「よくそこまで頑張ったね」って。
嘘くせえだろ。でも本当なんだよ。不登校の話、定時制の話、会社辞めた話、シンガポールの話。全部話した。2時間ぶっ通しで。
普通なら引くだろ。引かなかった。「面白い人生だね」って笑ってた。
何度別れても、俺の人生のどん詰まりに必ず彼女がいた。だからプロポーズした。指輪なし。金がなかったから。「指輪は後で買うからとりあえず結婚しよう」って言ったら「指輪いらないよ」って。
この女と結婚して、人生で初めて「幸せだ」って心から思った。幸福度100。天井。これ以上の幸せはないと思った。
結婚式は挙げてない。「式より旅行」派。新婚旅行は沖縄。2泊3日。ビーチでぼーっとしてるだけで幸せだった。
絶好調だった
結婚した頃、会社は絶好調だった。初年度の決算で年商1.6億。クライアントも増えていって、若いスタッフも数人入ってきてた。オフィス借りて、業務委託も合わせて10人弱の体制だった。
社長としての給料も自分で決められた。フリーランス時代の月20万から考えると、人生が好転しまくってた。
嫁に「俺はもっと稼ぐ。年商3億目指す」って宣言した。嫁は「無理しないでね」って笑ってた。
天狗だった。完全に。「俺は成功者だ」「才能がある」「もっと大きくなれる」。
フラグが立ちまくってたんだよ。
崩壊
結婚して半年後。大口クライアント3社が同時に契約解除。理由は「広告効果が落ちた」。
心当たりはあった。会社が大きくなるスピードに品質管理が追いついてなかった。新規獲得に必死で、既存のケアがおろそかになってた。
加えて取引先の詐欺被害もあった。数千万円の売上が未回収のまま消えた。営業先が突然連絡取れなくなって、後で調べたら計画的な踏み倒しだった。
月の売上が一気に落ちた。固定費は変わらない。人件費、オフィス、ツール代。
「大丈夫、すぐリカバリーできる」。自分に言い聞かせた。できなかった。
借金が雪だるまになった
金が足りない。でもスタッフの給料は払わなきゃいけない。
銀行から借りた。消費者金融からも借りた。クレジットカードのキャッシングにも手を出した。
1000万。3000万。5000万。1億。雪だるま。
嫁には「大丈夫」って言い続けた。心配かけたくなかった。でも毎晩リビングでパソコン睨んで資金繰り表と格闘してる俺の姿、見えてたはずだ。
ある夜、嫁が聞いてきた。「会社、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」。笑って答えた。大丈夫なわけがない。でも「大丈夫じゃない」って言う勇気がなかった。
「会社なくなった」
結婚して1年半後。リビングで嫁の前に正座した。
「話がある」
嫁は俺の顔見て何か察したらしい。黙って向かいに座った。
「会社なくなった」
「仕事辞めてきた」じゃない。「会社なくなった」。自分で作った会社が。なくなった。
5秒の沈黙。「借金は?」
「2億」
また5秒。
「死なないでね」
泣くと思った。怒ると思った。「なんで早く言わなかったの」って責められると思った。
「死なないでね」。それだけ。
崩れた。トイレに駆け込んで30分泣いた。声殺して泣いた。情けなくて、申し訳なくて、でも嫁の言葉が温かくて。
既婚ニート
会社はない。仕事もない。収入ゼロ。借金2億。
でも嫁はいる。
朝起きて、嫁を仕事に送り出して、一人で家にいる。掃除して、洗濯して、夕飯作って、帰りを待つ。
「俺が稼ぐ」って宣言した男が、嫁の給料で食わせてもらってる。立場が完全に逆転した。
スーパーで買い物してたら、同じマンションの奥さんに「旦那さん、お仕事は?」って聞かれた。「えっと、今ちょっと……」。それしか言えなかった。
平日の昼間に家にいる成人男性。周りからどう見えてたか。考えるだけで辛い。
100から-90
結婚した日の幸福度は100。既婚ニートになった日は-90。
この落差が人生で一番キツかった。
ゼロから-90になるのと、100から-90になるのは全然違う。高いところから落ちるほど衝撃がデカい。
幸せを知ってしまったから余計に辛い。嫁を幸せにするって誓ったのに、不幸にしてる。この罪悪感がうつ病の引き金を引いた。
「ご飯、美味しいよ」
既婚ニート生活3ヶ月目。ほぼ引きこもり。
ある夜、嫁が仕事から帰ってきて、俺が作った夕飯を食べながら言った。
「ご飯、美味しいよ」
それだけ。ただそれだけ。
でもその一言で「まだやれる」って思った。
社長でもない。サラリーマンでもない。フリーランスでもない。ただの無職の既婚男。
でも嫁が「美味しい」って言ってくれる。それだけが救いだった。
何度も別れた女が、最後に俺を救った。
嫁と犬に救われた話の続きは、アジト(無料のDiscord)で。名前は聞かねえ。いつ抜けてもいい。
