卒業式の日
22歳。大学卒業した。
卒業式、スーツ着て出た。袴の女の子たちがキャッキャしてる横で、俺は少し離れたところに立ってた。同じ学部の友達は皆、春から行く会社の名前を嬉しそうに話してた。
俺も内定はあった。新卒で上場企業に総合職で入る。「不登校から定時制から公立大学」の経歴の人間がレールに戻れた瞬間。母親は泣いて喜んでた。
でも、本音言うと、「これでよかったのか」っていう違和感がずっとあった。
会社に決めたのは半分、消去法だった。「やりたいこと」がなかったから、「内定が出た会社」に行くことにした。
何者でもないと思った日
入社式の前夜、自宅で一人だった。明日からスーツ着て、満員電車乗って、社会人になる。
実感が湧かなかった。
「俺、何者なんだろう」
中学3年間不登校で、定時制行って、図書室通って、偏差値30から大学受かって、就活して、上場企業の総合職。
履歴書には書ける。立派なルートに見える。でも、自分の中に「これが俺だ」って言えるものがなかった。
会社員の俺。それは「会社の名刺で名乗る俺」であって、「俺の名前で名乗れる俺」じゃない。
大学卒業時点の俺は、確かに何者かにはなった。会社員という何者かには。でも、「自分の名前で何かをやってる人間」にはなれてなかった。
同期の中で見えた違和感
入社式。同期数十人。スーツの新卒が並んで、社長の話聞いて、社訓の唱和。
横に座ってる同期に話しかけた。「就活、何社受けた?」「30社くらいかな」。
普通の答え。でも俺の頭の中は「この人たち、何で会社員になりたかったんだろ」だった。
聞いたら、皆「安定」「給料」「福利厚生」って言った。それも答えだ。間違ってない。
でも俺は、安定が欲しくて入社したわけじゃなかった。「他の選択肢を知らなかった」から入社しただけだ。
その時、自分が本当は会社員に向いてないことに気づいた。
図書室で読んだ本だけが残ってた
定時制の図書室で読みまくった新書と文庫。岩波文庫、ちくま文庫。哲学、心理学、経営学、歴史。
会社員の仕事の中で、本の知識は直接は役に立たなかった。先輩のやり方に従うのに、ニーチェもドラッカーもいらない。
でも、「自分の頭で考える筋肉」だけは、図書室で鍛えられてた。
会議で「なんで前例通りやるんですか」って聞いて、空気を凍らせた。先輩のやり方を分析して「これ、ロジック破綻してるよね」って指摘して、煙たがられた。
会社員としては失格。でも、「自分の頭で考える」癖だけは、消えなかった。それが後で武器になる。
「自分にしかできないこと」
ある夜、会社の帰り道、駅のホームでスマホを開いてた。
スティーブ・ジョブズの「Connecting the dots」スピーチの動画。「点と点が後から繋がる」って話。
俺の「点」は何だ?
不登校。定時制。RADWIMPS で目覚めた勉強。図書室の文庫本。シンガポールにDMして会いに行く動き (これは数年後の話だけど、種はこの時期に芽生えてた)。
「普通のレールに乗れなかった人間にしか見えない景色がある」って感覚があった。根拠はゼロ。でも直感だけは強かった。
22歳の俺は、まだ会社員という「制服」を着てた。でも、その下では別の何かが育ってた。
まだ何も始まってない
22歳の俺は、確かに上場企業の社員になった。年収もそこそこ。社会的にはちゃんとした人間。
でも、「自分の名前で何かをやる人間」にはなれてなかった。
そこから数年で会社を辞めて、フリーターになって、シンガポールに飛んで、広告代理店を作って、年商1.6億まで行って、潰して、自己破産して、配信者になる。
22歳の俺は、その全部を予想してなかった。
ただ、図書室で読んだ500冊と、不登校だった人間の「型にハマらない頭」だけが、後の俺を作ることになる。
22歳の俺へ。会社員になってもいい。でも、会社員の名刺だけが自分だと思うな。お前の中には、まだ言語化できてない何かがある。それを信じろ。
名刺の外の自分を探す話の続きは、アジト(無料のDiscord)で。名前は聞かねえ。いつ抜けてもいい。
