偏差値30
定時制高校2年目。大学を受けることに決めた。
偏差値30。測定不能に近い。中学3年間不登校だからな。基礎学力がない。分数の割り算すら怪しかった。
でも図書室で1年以上、新書と文庫を読みまくってたから、「知識を吸収する筋肉」だけは異常に鍛えられてた。英語の先生に「お前なら大学に行ける」って言われたのが最後の一押し。
問題は、どうやって受かるか。普通にやったら絶対無理だ。全教科やる時間なんかない。中学の数学すらわかんない人間が高校の数学をやる? 物理的に不可能だろ。
だから戦い方を変えた。
全部捨てた
「1点集中戦略」。勝てる科目だけで勝負する。
公立大学の中には、センター試験で特定の科目だけ使える方式がある。全科目必要な大学は最初から候補から外した。
選んだのは英語、国語、倫理。この3科目だけ。
英語。RADWIMPS の英語版インタビューを辞書引きながら読んでて、多少の基礎はあった。暗記と反復で伸ばせる。
国語。1年で新書と文庫を数百冊読んでた。読解力だけは化け物になってた。古文も漢文も、文学として読めば面白い。
倫理。新書で哲学書を読みまくってたから、ソクラテスもカントもニーチェも全部知ってた。教科書開いたら「あ、これ知ってる」の連続。
数学? 捨てた。理科? 捨てた。地理歴史? 倫理以外全部捨てた。
怖かったよ。でも捨てた。勝てないフィールドで戦うほどバカじゃない。
ひたすら過去問
決めたら動くだけだ。定時制2年目の夏から、3科目に全リソースをぶち込んだ。
平日。朝9時に図書室。閉室まで。日中は誰もいない静かな図書室で、ひたすら過去問を解いた。
英語の長文を1日5本。国語の現代文・古文・漢文を1日3本ずつ。倫理は教科書とノートで、思想家ごとに整理。
過去問は10年分を3周した。これは本当にやった。3周目になると問題文を見た瞬間に解答が頭に浮かぶ。受験ってこの感覚に持っていけるかどうかなんだ、とその時悟った。
センター試験
定時制3年目の1月。センター試験。
英語: 8割。国語: 9割。倫理: 9割。
合計得点率: 86%。1点集中戦略が完全に当たった。
3科目しか受けてないから他の受験生と比較できない。でも「自分の戦った戦場」では完勝した。
出願
センターの結果が良かったから、出願先を絞った。
3科目で受験できる公立大学。地方に多い。学費は年間50万くらい。実家を出る必要があるから生活費は別で必要。
母親に「公立に行く」って言ったら泣いてた。「あなたが大学に行くなんて、考えもしなかった」って。
中学3年間不登校。定時制高校。そんな人間が大学に行く。確かに考えもしなかっただろう。母親より、俺自身が考えもしなかった。
合格
3月。合格通知が届いた。
封筒を開ける手が震えた。「合格」の2文字。
母親に見せた。母親はもう何も言わなかった。ただ「ありがとう」とだけ言った。
何で母親が俺に「ありがとう」って言うんだよ。逆だろ。お前が育ててくれたから今の俺がいるんだ。って言いたかったけど、言えなかった。男ってそういうとこ弱いんだよ。
22歳で大学卒業
それから4年。普通に通って、普通に卒業した。22歳。現役で入ったから、現役で出た。留年も休学もなし。
これが人生で初めての「ちゃんと最後までやり切った」経験だった。学校というシステムに、俺はやっと適応できた。
中学3年間不登校だった人間が、22歳で公立大学を現役卒業する。誰が予想した? 17歳の俺自身が一番予想してなかった。
「偏差値30から大学」って聞くと、すげえ努力した話に聞こえるかもしんねえ。違うんだよ。俺はただ、「自分が勝てる戦場」を選んだだけだ。
不登校で基礎学力ゼロでも、本だけは読めた。読みまくってたら、読解力が異常に伸びてた。その筋肉を使える戦場を選んだ。それだけ。
人生は競技選択ゲームだ。勝てるところで勝負しろ。勝てないところで戦うな。
学校が終わった
22歳の春、大学を卒業した。
スーツを着て、卒業証書を受け取った。「学校」というシステムから、ようやく解放された。
そこから先の話は別の記事で書く。新卒で上場企業に総合職で入って、すぐ辞めることになるんだけど、それはまた別の話だ。
この話の続きが聞きたいなら、アジトに来い。名前聞かねーし、いつ抜けてもいい。
