29歳、ゼロじゃない。マイナスからのスタート
29歳の冬。実家の6畳間。
1年前は年商1.6億の会社の社長だった。今は無職の破産者。
天井のシミを数えてた。7個か8個か。何回数えても同じ数にならなかった。
「人生終わった」。本気でそう思った。
20代で「全てを失う」ってこういうこと
20代は失敗しても「まだ若いから」で許される。そう思ってる奴多いだろ。
2億の負債抱えて自己破産した20代に、そんな優しい言葉かけてくれる人間はいなかった。
「若いのに何やってんの」「調子に乗るからだ」
そうだよ。調子に乗ってたよ。5万のスニーカー買ってたよ。後輩に焼肉おごりまくってたよ。
でもそれ、今言うかよ。こっちは天井のシミ数えてんだぞ。
さらに「自己破産」っていうハンデ。…と言っても自己破産は犯罪じゃない。履歴書の賞罰欄に書く義務もない。ただ、世間の偏見ってハンデは確かにあった。
最初にやったこと
1. とにかく生き延びる
カッコつけてる場合じゃなかった。
実家に転がり込んだ。飯は親に頼った。プライドなんかゴミ箱に捨てた。
29歳。実家。無職。飯は親のおかず。マジでダサかった。でも死ぬよりマシだった。
2. 病院に行く
うつ病の診断書もらって、薬もらった。自立支援医療制度で医療費は1割負担になった。
精神科に行くのが恥ずかしい? 骨折したら整形外科行くだろ。同じだよ。脳がバグってんだから、脳の医者に行けよ。
3. 情報を集める
布団の中でスマホいじるしかできなかったけど、調べることだけはやった。
- 生活保護の条件
- 破産者の就活
- 信用情報がいつ回復するか
- もう一回会社作れるのか
知識は武器になる。何も知らないまま動くと、余計に傷つく。布団の中のスマホが、唯一の武器だった。
半年後 -- 動き始める
破産から半年。うつはまだ治ってなかった。薬の副作用で口の中がカラカラだった。
でも、少しだけ体が動くようになった。
YouTube LIVE を始める (2023年8月)
スマホ1台でできること。初期費用ゼロ。
金もない。スキルもない。信用もない。体力もない。できることがこれしかなかった。
「自己破産した男」として YouTube LIVE で配信を始めた。
怖かった。「破産者www」「底辺乙」って言われるのが怖かった。
実際に言われた。画面の向こうから。
でも同時に「勇気もらった」「自分も借金あります」ってコメントも来た。
叩く奴より、共感する奴の方が多かった。マジで。
収入が発生する
配信開始3ヶ月目。投げ銭で月3万円。
3万円。会社やってた時なら1日分にも満たない。接待のタクシー代で消えてた額。
でも破産後の3万円は違った。自分の声で、自分の言葉で稼いだ金。
その3万円で、スーパーの半額弁当じゃなくて、普通の弁当を買えた。それだけで泣きそうになった。
1年後 -- 回り始める
配信収入が月20万を超えた (YouTube スパチャ中心)。
人を笑わせたり、悩みを聞いたり、借金の相談に乗ったり。
あの頃のピエロと同じことやってた。教室の隅でゴリラのモノマネしてたガキと、やってることは同じ。
「この仕事、俺に向いてるかもしれない」。人生で初めてそう思った。
2年後 -- 会社設立
31歳。株式会社終焉祝祭を設立した (2026年2月)。
設立資金は YouTube で貯めた配信収益と、TikTok LIVE 移行 (2025年10月) で増えた収入の合算。25万の登記費用と運転資金を捻出するのに、自己破産者には簡単な道じゃなかった。
2年前、6畳間で天井のシミ数えてた男が、もう一回社長になった。
今度は扇風機3台の事務所じゃなく、スマホ1台から。
お前に伝えたいこと
3つだけ。
- 底を打ったら、あとは上がるだけ。俺が底の底から這い上がった。お前にできないわけがない
- プライドは一旦捨てろ。後で拾い直せる。俺は29歳で親の飯食ってた。31歳で会社作った。プライドなんか後からいくらでも取り返せる
- 一人で抱え込むな。助けを求めろ。俺は妻がいなかったら今ここにいない
20代の2年間は長い。でも使い方次第で人生は変わる。
俺が証拠だ。天井のシミを数えてた男が、今ここで喋ってる。それが証拠だ。
