会社辞めて1年半
25歳。上場企業辞めてから約1年半。
辞めた直後は転職活動した。何社か受けて、何社か落ちて、面接で「なんで前職を数年で辞めたんですか」を聞かれて毎回うまく答えられなかった。「向いてなかったから」じゃ通らない。
転職活動は失敗で終わった。フリーターになった。
バイトとスポットワークで食いつないだ。コンビニ、配送、イベントスタッフ、引越し。月の収入は15万〜20万。飯は食える。でも余裕はない。貯金はほぼゼロ。
会社員時代に独学で覚えたプログラミングはちょこちょこ続けてた。暗号資産の自動売買 bot を回したり、簡単な Web ツールを作ったり。でもこれで食えるレベルじゃなかった。
モヤモヤがずっとあった。
「このまま小さく食っていく人生でいいのか」
会社員辞めた時、「自分でルールを作る側に回りたい」って思ったはずだ。でも現実は、バイト先の店長の指示に従うフリーター。上司がコンビニの店長に変わっただけじゃねえか。
DMを50人に送った
ある日、Twitter で目に入った投稿。シンガポールで会社やってる日本人起業家。
「シンガポールでは、失敗は恥じゃない。挑戦しないことが恥だ」
頭をぶん殴られた。
そこから海外で活躍してる日本人起業家を片っ端からフォローして、DM を送り始めた。
「はじめまして。25歳でフリーターやってます。これから自分で何か始めたくて。お話聞かせてもらえませんか」
50人に送った。返信8人。会ってくれると言ったのは3人。
3人のうち2人がシンガポール。1人がオランダ。
貯金10万でシンガポールに飛んだ
会ってくれる人がいる。でもシンガポールだぞ。金がない。貯金10万。
普通なら「もう少し貯まってから」って考えるだろ。
俺はその日の夜にLCCの航空券を買った。往復3万5千円。残金6万5千円で1週間のシンガポール。
頭おかしいだろ。でも冷静に考えたら何もできない。冷静に考えたら会社も辞めてない。冷静に考えたら今もサラリーマンやってる。
「考える前に動け」。この時からずっとそうだ。
母親に「シンガポール行ってくる」って言ったら「はぁ? 何しに?」「人に会いに」「意味わかんない」。そりゃそうだ。
1泊1500円のドミトリー
チャンギ空港。人生2回目の海外。1回目は大学の時の韓国旅行。
宿はドミトリー。8人部屋。いびきがうるさいインド人の隣で寝た。シンガポールは暑い。湿度ヤバい。空港出た瞬間に眼鏡が曇った。
2日目。1人目の起業家。30代、IT 系の会社をやってる人。マリーナベイ・サンズの近くのカフェで2時間。
「自分で何か始めたいんですけど何から始めれば」
「何でもいいから、まず売れ。商品がなくても、サービスがなくても、まず売る約束を取ってこい。それから作ればいい」
目からウロコだった。完璧な準備をしてから始めようとしてた自分の甘さをぶち壊された。
3日目。2人目。EC 事業をやってる人。
「日本にいると日本のことが見えない。外から見ると、日本のコンテンツがいかに価値あるかわかる。あとさ、人との関わり方を学んだ方がいい。事業はコンテンツじゃなくて関係性で決まるから」
この一言が、その後の人生を決めた。
オランダまで飛んだ
シンガポールの後、そのままオランダに飛んだ。追加の航空券代で貯金はほぼ消えた。
3人目の起業家。アムステルダムの運河沿いのオフィス。窓の外に運河が見える。3人のスタッフが働いてた。
「お前、よく俺に会いに来たな」
「会えるって言ってくれたから」
「それが一番すげえんだよ。"言われたから来た" って実行できる人間、100人に1人もいねえ。だからお前は何かにはなれる」
「具体的に何をすればいいですか」
「俺と話してて感じたこと、メモしただろ。家に帰ったらそれ全部読み返せ。そこに答えがある。人の話を真剣に聞いて、自分の血肉にする。それができるなら、お前はどこでも生きていける」
「何の事業をやれ」じゃない。「人と本気で関われ」だった。
俺はずっと「何をやるか」ばかり考えてた。違ったんだ。「誰と、どう関わるか」が先だった。
財布に3000円
オランダから帰ってきた時、財布の中身は3000円だった。
でも頭の中には2人の言葉が残ってた。
- まず売る約束を取ってこい
- 人との関わり方が事業を決める
具体的なビジネスプランはまだなかった。でも「次に何をすべきか」は明確だった。人に会いに行く。そして、何かを売る約束を取ってくる。
帰国した翌日から動いた。会社員時代に話したことのある人、フリーター時代のバイト仲間、大学の同期。片っ端から連絡した。
「久しぶり。今度、ちょっと話聞いてもらえないか」
100人に連絡。会えたのは20人くらい。その中の数人から、後の最初のクライアントが生まれた。
事業の中身は、後で必死に作った。先に「人との関係」を作って、後で「やること」を埋めていった。シンガポールとオランダで聞いた通りに動いた。
25歳の俺へ
25歳の俺は、頭おかしかった。貯金10万でシンガポール行く奴は普通おかしい。
でも、あの動きがなかったら、今の俺はない。
「事業 = コンテンツ」だと思ってた25歳の俺が、「事業 = 人との関係性」だと知った。これがその後の広告代理店経営、年商1.6億、そして自己破産まで全部繋がっていく。
成功も失敗も、全部「人との関わり方」次第だった。
事業を始めようとしてる若いやつへ。先にスキルを磨くな。先に人に会え。会いに行く動きの中で、自分が何者かわかってくる。
外に飛び出した話の続きは、アジト(無料のDiscord)で。名前は聞かねえ。いつ抜けてもいい。
