学校に行かなくなった日
小学4年。学校に行くのをやめた。
いじめがあったわけじゃない。先生が嫌いだったわけでもない。ある朝、ランドセル背負って玄関に立とうとして、体が動かなくなった。それだけ。
理由? わかんねえよ。10歳のガキに「なんで学校行きたくないの?」って聞くなよ。言語化できるわけねえだろ。体が拒否してんだよ。
布団の中で母親の「ご飯できたよ」を3回無視した。4回目に「今日は休む」って言った。
「熱でもあるの?」
「ない。行きたくない」
最初の1日は罪悪感がすごかった。みんな今授業受けてんだろうな、とか。先生になんて言われるんだろ、とか。
2日目。罪悪感が半分になった。3日目。ほぼゼロ。
人間ってすげえよ。何にでも慣れる。
「なんで?」に誰も答えられなかった
「なんで漢字書き取りやらなきゃいけないの」「この計算ドリル、大人になって使うの」「なんで朝8時に集合なの」
先生に聞いた。「そういうもんだから」。
そういうもんだから? それ理由じゃねえだろ。思考停止じゃねえか。
親に聞いた。「みんな行ってるから」。
みんなが行ってるから俺も行く。その論理が心底わからなかった。今もわからない。みんなが崖から飛び降りたら俺も飛ぶのか。飛ばねえよ。
ネトゲ廃人になった
学校行かなくなった俺が何してたか。MapleStory だよ。
知ってるやつは同世代だろ。カエデの街でキノコ叩いて、PQ で連戦して、レベル上げで徹夜。朝9時にPCの前に座って、夜中の3時まで。飯はカップ麺。風呂は2日に1回。窓のカーテンは閉めっぱなし。
完全な廃人。
でもな。ネトゲの世界で初めて「居場所」を見つけたんだよ。
ギルドに入った。仲間ができた。一緒にボスを倒した。「チームで何かを成し遂げる」って感覚、学校で一回も感じたことなかった。レベルが上がれば強くなれる。努力が数字になる。学校の通知表なんかより、よっぽどフェアだった。
ギルマスやるようになった。100人以上束ねた。誰をどのポジションに置くか。揉め事をどう仲裁するか。やる気ない奴をどう動かすか。
10歳のガキがゲームの中で経営学んでたんだよ。笑えるだろ。
ネトゲが終わった日
中学生。12歳か13歳の頃、親にネット回線を切られた。
理由? そりゃそうだ。3年以上、家に閉じこもって画面しか見てねえ息子を見て、親はもう限界だった。配線を引っこ抜かれて、ルーターを物理的に持っていかれた日のことは覚えてる。
ブチ切れた。3日間ご飯食わなかった。でも回線は戻ってこなかった。
ネトゲが消えた。仲間がいた世界が消えた。同時に、家にいる理由も消えた。
音ゲーで遠征した中学時代
家にいてもやることがない。仕方なく外に出るようになった。中学生の不登校児。見た目は完全に陰キャだ。でも実際は音ゲーがやりたかっただけ。
太鼓の達人。jubeat。100円握りしめて通って、常連のおっさんにスコアでボコボコにされながら上達した。
当時、俺は静岡に住んでた。地元のゲーセンの筐体だけじゃ物足りなくて、隣町に自転車で通うようになった。それでも飽き足らず、最終的には静岡から浜松まで自転車で行ったり、隣の県まで遠征したりしてた。片道50キロ60キロ平気で漕いでた。
エネルギーの行き場が音ゲーしかなかった。
学校に行けなくて溜まったエネルギーを、自転車のペダルとリズムゲームに全部ぶち込んでた。
ゲーセン常連の大人と
ゲーセンの常連って変な大人ばっかりなんだよ。フリーターのあんちゃん。リストラされたおじさん。夜の仕事してるお姉さん。社会のメインストリームから外れた人間の溜まり場。
そいつらに、中学生の俺は色んなことを教わった。
タバコの吸い方。酒の飲み方。パチンコ屋の入り方。
中学生の頃から、ゲーセン帰りにそのまま大人と一緒にパチンコ屋に入り浸ってた。胸ポケットに見た目だけのバッジつけて、見た目だけ高校生っぽくしてた。当然違法。でもバレなかった。
教えるな、と言いたい。今振り返れば完全にアウトな大人ばっかりだ。でも、その大人たちは俺に対等に接してくれた。年齢で見下さなかった。学校の先生が「子供扱い」しかしなかった反動で、ゲーセンの大人の「対等扱い」が、めちゃくちゃ嬉しかった。
ナンパした JK と寝取られ事件
中学生の俺は、エネルギーの行き場がさらに増えた。
ナンパだった。
繁華街のゲーセン前で、JK 声かけて。何度か断られた後、付き合うことになった子もいた。中学生の俺と JK の彼女。今思うと不思議な絵だ。
その彼女、身長 160 弱の俺より小さい男に寝取られた。「ごめんね、好きな人ができた」って LINE 来た時、心臓が止まった。
しかも、後でもう 1 回、別の女にも同じパターンでやられた。2 回連続で身長低い男に寝取られた。「もう女は信じない」って真剣に思った。中学生で。
笑えよ。今は笑える。当時はマジでキツかった。
社会から完全に外れてた
同級生が部活やって、修学旅行行って、青春してる間。俺は家とゲーセンとパチンコ屋とナンパの日々。友達は画面の向こう側か、ゲーセンの大人たち。
親は最初は無理に学校に行かせようとはしなかった。これはマジでありがたかった。無理やり行かされてたら、もっと壊れてた。
でも母親が夜中に泣いてるのは聞こえてた。リビングから。「私の育て方が悪かったのかな」って。
何も言えなかった。自分がなんで学校に行けないのか、俺自身がわかってなかったから。
「何者にもなれない」って恐怖
不登校が3年、4年、5年と続くと、恐怖が来る。
「俺はこのまま何者にもなれないんじゃないか」
周りの同級生は中学生になり、高校生になり、進路を決めていく。俺だけ止まったまま。同窓会の連絡も来ない。来るわけがない。学校に行ってない人間に誰も声をかけない。
ただ、今振り返ると言える。あの時間は無駄じゃなかった。
ゲームでギルマスやって100人束ねた経験は、後で広告代理店を経営した時に効いた。
ゲーセンで色んな大人と話した経験は、人と接する時の地肌になってる。
静岡から自転車で隣の県まで遠征した執念は、後で貯金10万でシンガポールに飛ぶ動きの地続きだ。
学校という型にハマれなかった人間の人生は、確かに普通とは違う形になる。でも普通じゃないってだけで、「ダメ」じゃない。
この話の続きが聞きたいなら、アジトに来い。名前聞かねーし、いつ抜けてもいい。
