完璧主義をやめる方法
どうも、きこにいだよ。
今日は、ちょっと真面目な話。というか、俺が昔からずっと抱えてきて、今も時々顔を出す「完璧主義」ってやつについて、俺なりの経験と、どうやってそれと付き合っていくか、なんならやめるかって話をしようと思う。
俺、昔から「こうあるべきだ」っていう理想がめちゃくちゃ高かったんだ。
起業して、最初の1年で年商1.6億。これ、客観的に見たらすげーじゃん?でも、当時の俺は「もっと行けたはず」って思ってた。毎晩寝る間も惜しんで、食事も適当、トイレに行く時間も惜しいくらい働いてた。朝起きて、仕事。ご飯食べる時間も惜しいからコンビニでパッと済ませて、また仕事。寝るのは日付が変わってから。そんな生活が当たり前だった。
なんでそんなに追い込んでたかっていうと、きっと「完璧な結果」を求めてたからなんだと思う。完璧なサービス、完璧な経営、完璧な人間関係。全部完璧にこなして、誰からも文句なしの成果を出したかった。
でも、現実ってそんなに甘くないんだよね。
年商1.6億の次に来たのは、2億の負債。
完璧を追い求めた結果が、まさかの自己破産。
この時、俺の完璧主義は完全に崩壊した。
いや、崩壊っていうか、粉々に砕け散ったって感じ。
「完璧」だと思ってたものが、実は砂上の楼閣だったって思い知らされたんだ。
自己破産して、うつ病になって、本当に何もできない状態になった。
ベッドから起き上がることすらできない。ご飯も喉を通らない。
今まで「完璧」を目指して走り続けてきた人生が、一瞬にしてゼロどころかマイナスになった。
この時、初めて「完璧じゃなくていいんだ」って思ったんだ。
だって、完璧を目指して、結局こうなったんだから。
そこから、俺はTikTokを始めたわけだけど、ここでも完璧主義は顔を出すんだ。
「完璧な動画を作らなきゃ」「完璧な構成で、完璧な話し方で、完璧な編集をしないと伸びない」
最初はそんな風に思ってた。だから、動画を撮るたびに何回も撮り直し。編集も細部にこだわりすぎて、一本の動画に何時間もかかってた。
でも、全然伸びない。再生数も伸びないし、フォロワーも増えない。
「なんでだ?こんなに完璧に作ってるのに」って、また自己嫌悪のループに陥りそうになった。
そんな時、ふと、昔の自分を思い出したんだ。
完璧を目指して、結局潰れた自分を。
「もしかして、また同じことやってる?」って。
そこで、俺はちょっと考え方を変えてみたんだ。
「完璧じゃなくて、まずは『完了』させることを目標にしよう」って。
TikTokの動画も、最初は「とりあえず撮って、とりあえず編集して、とりあえず上げる」って感じで。
構成も、話し方も、編集も、多少のミスがあっても気にしない。
とにかく、一本の動画を「完了」させることを優先した。
そしたらね、これが意外と良い方向に転んだんだ。
まず、動画を上げる頻度が格段に上がった。
完璧を求めてた時は、週に1本上げられればいい方だったのが、毎日上げられるようになった。
投稿頻度が上がると、当然、視聴者の目にとまる機会も増える。
そして、何よりも大きかったのは、俺自身が「完璧じゃなくてもいいんだ」って思えるようになったこと。
最初は、ちょっとしたミスを見つけるたびに「うわ、やっちまった」って思ってたんだけど、意外と誰も気にしてないんだよね。
むしろ、ちょっとしたミスとか、人間味のある部分の方が、共感を生んだりする。
「きこにいも人間なんだな」って。
完璧なロボットみたいな人間よりも、ちょっと抜けてるくらいの方が親近感が湧くのかもしれない。
もちろん、クオリティを意識しないわけじゃないよ。
どうすればもっと面白くなるか、どうすればもっと価値を提供できるかは常に考えてる。
でも、それは「完璧」を目指すのではなく、「より良く」を目指すって感覚。
100点満点を目指すんじゃなくて、まずは60点でもいいから出す。
そして、その60点を出してみて、反応を見て、次に70点、80点を目指していく。
この「完了」から「改善」のサイクルを回す方が、結果的に良いものに繋がるんだなって実感した。
例えば、俺のコミュニティ「アジト」もそう。
最初は「完璧なコミュニティを作らなきゃ」って思ってたんだけど、それだといつまで経ってもオープンできない。
だから、「まずは最低限の機能で、とりあえずオープンしてみよう」って。
そして、メンバーの声を聞きながら、少しずつ改善していく。
「こんな機能があったらいいな」「こんなイベントをやってほしい」
そういう意見を取り入れながら、アジトはどんどん進化していってる。
もし、俺が完璧主義に囚われていたら、アジトは未だにオープンしてなかったかもしれない。
この「完璧主義をやめる」っていうのは、決して「手を抜く」ってことじゃないんだ。
むしろ、限られた時間の中で、最大限の成果を出すための「戦略」だと思ってる。
完璧を目指すあまり、何も行動できないことの方が、よっぽどマイナスだもんね。
俺の経験上、完璧主義の人が陥りがちなワナは、主に3つあると思う。
行動できない病:
「まだ完璧じゃないから」って言って、いつまで経ってもスタートできない。
俺も昔はそうだった。新しい事業を始めようと思っても、企画書が完璧じゃない、人員が完璧じゃない、資金が完璧じゃないって言って、結局何も始められない。
でも、完璧な状態でスタートできることなんて、ほとんどないんだ。
むしろ、スタートしてから見えてくる課題の方が多い。
だから、まずは60点でもいいから、とにかく「完了」させて、スタートを切ること。これが何よりも大事。自己評価の低さ:
「こんなんじゃダメだ」って、自分の出した結果を過小評価しがち。
年商1.6億を達成した時ですら「もっと行けたはず」って思ってた俺がまさにこれ。
客観的に見て十分な成果を出していても、自分の中の「完璧な理想像」と比べて、ダメ出しをしてしまう。
でも、それって自分を追い詰めるだけなんだよね。
まずは、自分のやったことをちゃんと認めてあげること。
60点でも、まずは「やった!」って自分を褒めてあげることから始めてみよう。燃え尽き症候群:
完璧を目指して頑張りすぎた結果、心身ともに疲弊して、何もできなくなる。
俺の自己破産と鬱病がまさにこれ。
完璧を追い求めるってことは、常に100%以上の力を出し続けることだから、いつか限界が来るのは当たり前。
人間は機械じゃないんだから、無理は禁物。
適度に休憩して、適度に力を抜くことも、長く続けるためには必要不可欠なんだ。
じゃあ、具体的にどうすれば完璧主義をやめられるのか。
俺が実践して効果があったことをいくつか紹介するね。
「とりあえず」で始めてみる:
「完璧じゃなくていいから、とりあえずやってみよう」って言葉を口癖にする。
ToDoリストに「完璧な資料を作る」じゃなくて「とりあえず資料の骨子を作る」って書くとかね。
ハードルを下げて、とにかく「完了」させることを優先する。「60点主義」を意識する:
いきなり100点を目指すんじゃなくて、まずは60点でいいから完成させることを目標にする。
そして、その60点を土台にして、次に70点、80点と改善していく。
これ、本当に大事。フィードバックを求める:
自分の作ったものが完璧かどうかは、結局のところ自分では判断できない。
だから、信頼できる人に見てもらって、率直な意見をもらう。
「完璧じゃないから見せたくない」って思うかもしれないけど、その一歩を踏み出すことで、客観的な視点を取り入れられるようになる。
俺もアジトのメンバーにたくさんフィードバックをもらって、改善に繋げてるよ。過去の失敗を許す:
完璧主義の人は、過去の失敗をずっと引きずりがち。
「あの時、もっと完璧にやっていれば…」って後悔する。
でも、過去は変えられない。
過去の失敗は、未来の成功のための学びだと割り切って、自分を許してあげること。
俺も自己破産っていう絶望的な失敗を経験したけど、それが今の俺を作ってると信じてる。
完璧主義って、一見すると真面目で努力家に見えるけど、実はものすごく自己中心的で、自分を苦しめる考え方なんだなって、俺は思う。
だって、自分の中の理想の完璧像に、周りの人も巻き込んで苦しめてしまうことだってあるから。
「こうあるべきだ」って理想が高すぎると、周りの人にも同じことを求めてしまって、人間関係がギクシャクすることもある。
俺も過去にはそういう経験があった。
相手にも完璧を求めてしまって、勝手に失望したり、怒ったり。
でも、人間って完璧じゃないのが当たり前なんだよね。
完璧じゃないからこそ、面白いし、助け合える。
完璧主義をやめて、ちょっと肩の力を抜いてみたら、世界の見え方が変わった。
自分にも優しくなれるし、周りの人にも優しくなれる。
そして何より、行動できるようになる。
行動できると、失敗もするけど、成功もする。
その繰り返しの中で、人は成長していくんだなって。
まとめ
俺が伝えたいのは、完璧主義は「成長の敵」になり得るってこと。
完璧を目指すあまり、行動できない、自分を追い詰める、周りを巻き込む。
そんなループから抜け出すためには、まずは「完了」を優先すること。
60点でもいいから、とにかくやってみる。
そして、その60点を元に、改善していく。
この「完了→改善」のサイクルを回すことで、結果的に完璧主義だった頃よりも、はるかに良いものが作れるようになるはずだ。
俺もまだまだ道半ばだけど、この考え方で、またゼロから再起できたと思ってる。
もし、今、完璧主義で苦しんでる人がいたら、俺の経験が少しでも役に立てば嬉しいな。
完璧じゃなくていい。まずは、一歩踏み出してみようぜ。
じゃあな!